ちょっと、気になることがあって映画の「月」を観た。
この作品は大変センシティブで観た人の心を大きく乱す恐れがある作品である。
今回はかなりネタバレに踏み込んで書くので、ネタバレは見たくない方は回れ右。
あと内容がかなり重いのでそう言うのが苦手な方も見ることは非推奨。
それを了承した上で私の考察、感想が知りたいと言う方は是非もう少し下までスクロールして欲しい。
まず最初に書いておきたい事がある。
これは当事者家族である私が「月」という映画を観て感じたことのまとめである。
感想は人それぞれ違うのが当たり前だと思ってるのでこの考えを押し付けるつもりは全くない。
それを念頭に置いた上で読んでもらえるととても嬉しく思う。
私は恥ずかしながら、つい最近この作品を知った。
YouTubeでたまたま紹介しているショート動画を観て、強く興味を惹かれたのである。
それというのも今大変話題になっている「みいちゃんと山田さん」のアニメ化に対する様々な意見。
それを見た時にこの「月」が映画化されたことと何が違うのだろうかと疑問を持ったのが大きなきっかけであった。
私は「みいちゃんと山田さん」という作品をある種の問題提起をする作品として評価している部分がある。
それとは別に内容がかなり過激でもあるので、色んな人にすすめたいとは思わないし、合わないと思う人がいるのも当然だと思っている。
一方この映画「月」は実在の事件である、相模原障害者施設殺傷事件を下敷きに書かれた作品である。
つまり障害者の方が命を奪われる映画ということだ。
内容が同じとは言わない、似てるとも思ってない。
でもこの二つの作品が抱える闇は共通する様な気がした。
そして何が決定的に違うのかが知りたくなった。
私はこうして「月」の視聴を決めた。
「月」のあらすじはWikipediaにかなり詳細に書かれているので気になる方は是非そちらをご覧いただきたい。
ここからは私の感想を主とした考察を書きたい。
まず率直な感想。
この作品を観てすぐの私は心の重さと胃のムカムカを抱えることとなった。
前情報でこの作品は「優生思想への問題提起」として描かれていると受け取る人が多いと聞いていたので(そもそも優生思想ってなんぞって感じではあったんだけど)なんか凄く高尚なテーマで分かりづらいのかなと勝手に思い込んでいた。
でも実際に観てみると私も身近な事柄と合わせて色んなことに思いを馳せながら、場合によっては必要以上に色んなことを考えながら観てしまった。
登場人物であるさとくんは相模原障害者施設殺傷事件の実行犯である植松聖死刑囚をモデルに作られたキャラクターである。
さとくんは「意思疎通が取れない障害者には心がない。だから生きていても意味がないから殺す」と言うのだがこの言葉には一欠片も共感することはできずとてもモヤモヤとした気持ちが広がっていった。
大前提として私の妹は重度の知的障害を持っていて会話をする事ができない。
多分さとくんからしたら妹には心が無く生きる価値がないってことなんだろうと思ったらとても悲しくなった。
私は妹に心が無いと思ったことは一度たりともないから余計にそう思った。
途中さとくんが障害者に投げかける言葉「生まれた意味がない」とか「なんで生まれてきたの」とか。
これは優生思想に繋がるセリフなんだと思うのだけど正直しっかりと私の心臓に突き刺さって抜けなくなった。
なぜなら私は双極性障害Ⅱ型を患って20年以上経っても寛解はせず、ずっと「何故私は生まれてきてしまったのか」と自分を責め続けて生きているからである。
少し話がずれてしまった。
しかし悲しいがさとくんのような極端な考えを持つ人が現実にいるんだろうなと言うのは肌で感じている部分である。
主人公の洋子(さとくんもだけれど)が働いている障害者施設では平然とネグレクトや虐待まがいのことが行われていた。
ここも人によっては大袈裟に描いてるなあと思われるかも知れないが過去に実際に同じ様な事が行われた事実が身近であった身としては(これは妹ではなく職場に関連するもの)決してフィクションであると目を逸らしてはいけない問題だと思った。
何よりも個人的にとても衝撃を受けたのは実際の障害者の方が施設の入所者として登場する点である。
それがより現実感を醸し出して色んな問題と共に心を重く暗くしてくれる。
正直このテーマの作品に出ると承諾してくださった方は本当に凄い(語彙力不足)と思わざるを得ない。
この点もこの作品の色んなことを考えるきっかけになっている。
主人公の洋子は子供を幼くして亡くした過去がある。
表向き夫とうまくいっているように見せているが、その心のうちは大変複雑なものである。
亡くした息子は心臓疾患を患い、後天的な脳の障害でずっと寝たきりで言葉を発することもできずにその命を終えた。
実は現在の洋子は妊娠しているが、その時の記憶がある故に、また同じような運命を辿ってしまうのでは無いかという恐怖に苛まれ、夫に妊娠の事実を伝えることすらできずにいる。
自身が40を超えての出産ということで、明るい未来を予想する事が難しく、何も告げずに一人で中絶をすることさえ考えるほど。
とてもとても複雑な気持ちになるものの、洋子の気持ちはある程度理解できると思ってしまった。
しかしその後が個人的に良くないというか更に胸が苦しくなる展開なのである。
洋子は同じ施設で働く年下の小説家志望の陽子に、妊娠していることを伝えていたのだが、なんと陽子は洋子宅で飲み会をしている時にその事実をぶちまけてしまうのだ。
実は洋子はかつて東日本大震災を題材にした小説で賞を取って一躍スターダムに駆け上がった小説家であった。
その洋子に対して陽子は決して良い感情だけを持っていなかったのだ。
洋子は震災について、もっと本質を突いた小説を書きたいと願うも編集部の意向でそれは叶わず、自分の意思とは違う、感動を全面に出した御涙頂戴作品を出してしまったことで、小説を書く事ができなくなっていた。
でもそんなことを知らない陽子は多分「恵まれてるのに。キャリアもあるのに」と自分でも気付かない妬みの感情を募らせていたのだと思う。
陽子自身も境遇が非常に複雑で、敬虔なキリスト教信者の娘として育てられるが、躾と称して父から虐待を受けて育ってきた過去がある。
それに加えて夢である小説家としては芽が出ない状態でかなり捻くれてしまった部分があるのだと思う。
この時洋子は夫に「妊娠は嘘」と伝えて場を納めるが、その場にはさとくんもいた。
後にさとくんは価値観を狂わせていって施設の入居者殺害計画を語る時に、洋子に「貴方も僕と一緒ですよね。だから障害があるならそんな子どもいらないと思ってるんでしょ?」と言うような言葉を掛ける。
洋子は「違う、私は貴方を認めない」と泣きながら訴える(この時洋子の目にはさとくんではなく自分の姿で問いかけられている様に見えているのも辛いところである)。
確かに洋子の考えは一見すると「優生思想」のそれと同じに感じてしまうのかも知れない。
でも私はそれだけで片付けられる思いではないと思うから、さとくんが自分と洋子は同じ思想だと語るのに虫唾が走った。
一緒にするなと。
そしてもう一つ私には印象に残ったシーンがあって、洋子の夫が働いてる先の先輩がまーめちゃくちゃ感じが悪い。
見下すしストレートにバカにするし。
平和主義の夫はなるべく波風立たない様にヘラヘラしてかわすけど私は観ていてめちゃくちゃ腹が立った(途中夫もキレかけた瞬間があってそのまま殴るのかと思う程度にはムカついていた)。
前述のさとくんの「意思疎通ができないという事は心がないから生きる価値がない」という言葉に当てはめるなら懸命に生きる障害者の方には生きる価値がなくて、こんな人を人とも思わない様な人間でも意思疎通はできるからこの人は生きる価値があるってことなのかと思うと眩暈がした。
多分ここは作品が問題提起として入れている描写なのかなと私は受け止めている。
この洋子の夫の仕事先の先輩然り、さとくんの先輩然り、意思疎通が取れるその言葉で人の気持ちを踏み躙る人もいる。
それって障害のあるなし以前の問題ではないのだろうか。
そもそも他人が他人の命の要不要を決めるのはおかしなことだということは忘れたくない。
あとさとくんの彼女がとても報われないし救われないと感じた。
彼女は聾者で耳が聞こえない。
さとくん曰く彼女は障害を持っているけど意思疎通が取れるからアイツらとは違うとのことである。
彼女はさとくんの変化を薄々感じつつ、でもさとくんを信じて(さとくんは彼女には計画の話もしてないし思想の話はしていない)共に幸せに生活することを望んでいたのにそれは叶わないものとなった。
さとくんは一見彼女を大切にしていると見せかけてその実一つとして大切にできてない。
それがとても苦しくて辛いと思った。
後にあの事件を知った彼女は一体何を考えるのか。
想像することしかできないが絶望感に苛まれるのではないだろうか。
この事件は少しずつさとくんの価値観が歪んでいった結果実行されたもののように思う。
さとくんが職場の先輩たちから「お前もアイツらと一緒だな」という心無い言葉をかけたのはこの物語上で事件が起こる大きなきっかけになったと私は考えている。
正直この先輩たちが大嫌いだ。
「アイツらと一緒」と言う言葉には明確に障害者を見下すニュアンスを含んでいる。
私は誰かを下げる言葉がとても嫌いだし、それの為に誰かをさらにバカにするというのは許せないと考えている。
私は過去精神科の受付事務をしていた事があったのだが、見舞いに来た人が待合室でタバコを吸い始めたのを注意したら凄い剣幕で怒鳴られ「こんなところで働いてるからお前も頭おかしいんじゃないか?」と言われたのを今も強く覚えている。
私はこの言葉、もちろん自分に向けて投げられるのも悲しかったが、それ以上にこの人は自分の身内を頭がおかしい人だと思っているのかと言うことにより絶望があった。
その時の言葉と、さとくんの先輩たちが言った言葉はニュアンスとして同じ意味を持ったものだと感じているのでより許せない気持ちが強くなったと言える。
勿論そう言う言葉を投げかけられたこととさとくんがした事が許されるかどうかは全く別の話なので、そこは誤解しないでいただけると助かる。
ただこうして人は追い詰められて歪んでいくのかと言うのを感じる映画だと思った。
登場人物がそれぞれ歪んでいて、見て凄く疲れる。
もう一度観たいかと問われれば否。
でも観たことを後悔はしていない。
そんな複雑な作品。
私個人の意見であり感想だけれど、この作品は「優生思想」についてだけを語る映画ではないと思った。
洋子の葛藤は「優生思想」に繋がる部分もあるかも知れないけど、私はこの作品を見終わった時にさとくんは生産性があるかないかを重んじているように見せかけてやり場のない衝動、怒り色んなものを弱い立場にぶつけてるだけに見えてしまった。
だから人の何気ない言葉だったり行動で(無論されてる側からは何気ないで済まされる問題ではないが)人の価値観は壊されていくという恐怖、人の心の醜い一面を存分に感じて、一生忘れられない映画になったと思う。
決して万人にオススメはしないが、他に見た人がどんな感想を持ったのかはとても興味がある。
本当は内容的にどうかなあと悩んだけどこうしてブログにまとめて、改めて凄い作品だなと思う。
見て3日経つけど目に焼きついて離れないのだから。











