#しおたろうの日常

レビューを書いたり、好きなアイドルについて語ったり、はたまたメンタルヘルスについて認めたりするごった煮みたいなブログです

映画「月」を観た。

ちょっと、気になることがあって映画の「月」を観た。

 

月

  • 宮沢りえ
Amazon

 

この作品は大変センシティブで観た人の心を大きく乱す恐れがある作品である。

今回はかなりネタバレに踏み込んで書くので、ネタバレは見たくない方は回れ右。

あと内容がかなり重いのでそう言うのが苦手な方も見ることは非推奨。

それを了承した上で私の考察、感想が知りたいと言う方は是非もう少し下までスクロールして欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に書いておきたい事がある。

これは当事者家族である私が「月」という映画を観て感じたことのまとめである。

感想は人それぞれ違うのが当たり前だと思ってるのでこの考えを押し付けるつもりは全くない。

それを念頭に置いた上で読んでもらえるととても嬉しく思う。

 

私は恥ずかしながら、つい最近この作品を知った。

YouTubeでたまたま紹介しているショート動画を観て、強く興味を惹かれたのである。

 

それというのも今大変話題になっている「みいちゃんと山田さん」のアニメ化に対する様々な意見。

それを見た時にこの「月」が映画化されたことと何が違うのだろうかと疑問を持ったのが大きなきっかけであった。

 

私は「みいちゃんと山田さん」という作品をある種の問題提起をする作品として評価している部分がある。

それとは別に内容がかなり過激でもあるので、色んな人にすすめたいとは思わないし、合わないと思う人がいるのも当然だと思っている。

 

一方この映画「月」は実在の事件である、相模原障害者施設殺傷事件を下敷きに書かれた作品である。

つまり障害者の方が命を奪われる映画ということだ。

 

内容が同じとは言わない、似てるとも思ってない。

でもこの二つの作品が抱える闇は共通する様な気がした。

そして何が決定的に違うのかが知りたくなった。

私はこうして「月」の視聴を決めた。

 

 

「月」のあらすじはWikipediaにかなり詳細に書かれているので気になる方は是非そちらをご覧いただきたい。

 

ここからは私の感想を主とした考察を書きたい。

 

まず率直な感想。

 

この作品を観てすぐの私は心の重さと胃のムカムカを抱えることとなった。

 

前情報でこの作品は「優生思想への問題提起」として描かれていると受け取る人が多いと聞いていたので(そもそも優生思想ってなんぞって感じではあったんだけど)なんか凄く高尚なテーマで分かりづらいのかなと勝手に思い込んでいた。

でも実際に観てみると私も身近な事柄と合わせて色んなことに思いを馳せながら、場合によっては必要以上に色んなことを考えながら観てしまった。

 

登場人物であるさとくんは相模原障害者施設殺傷事件の実行犯である植松聖死刑囚をモデルに作られたキャラクターである。

さとくんは「意思疎通が取れない障害者には心がない。だから生きていても意味がないから殺す」と言うのだがこの言葉には一欠片も共感することはできずとてもモヤモヤとした気持ちが広がっていった。

大前提として私の妹は重度の知的障害を持っていて会話をする事ができない。

多分さとくんからしたら妹には心が無く生きる価値がないってことなんだろうと思ったらとても悲しくなった。

私は妹に心が無いと思ったことは一度たりともないから余計にそう思った。

途中さとくんが障害者に投げかける言葉「生まれた意味がない」とか「なんで生まれてきたの」とか。

これは優生思想に繋がるセリフなんだと思うのだけど正直しっかりと私の心臓に突き刺さって抜けなくなった。

なぜなら私は双極性障害Ⅱ型を患って20年以上経っても寛解はせず、ずっと「何故私は生まれてきてしまったのか」と自分を責め続けて生きているからである。

 

 

少し話がずれてしまった。

 

しかし悲しいがさとくんのような極端な考えを持つ人が現実にいるんだろうなと言うのは肌で感じている部分である。

 

主人公の洋子(さとくんもだけれど)が働いている障害者施設では平然とネグレクトや虐待まがいのことが行われていた。

ここも人によっては大袈裟に描いてるなあと思われるかも知れないが過去に実際に同じ様な事が行われた事実が身近であった身としては(これは妹ではなく職場に関連するもの)決してフィクションであると目を逸らしてはいけない問題だと思った。

 

何よりも個人的にとても衝撃を受けたのは実際の障害者の方が施設の入所者として登場する点である。

それがより現実感を醸し出して色んな問題と共に心を重く暗くしてくれる。

正直このテーマの作品に出ると承諾してくださった方は本当に凄い(語彙力不足)と思わざるを得ない。

この点もこの作品の色んなことを考えるきっかけになっている。

 

主人公の洋子は子供を幼くして亡くした過去がある。

表向き夫とうまくいっているように見せているが、その心のうちは大変複雑なものである。

亡くした息子は心臓疾患を患い、後天的な脳の障害でずっと寝たきりで言葉を発することもできずにその命を終えた。

実は現在の洋子は妊娠しているが、その時の記憶がある故に、また同じような運命を辿ってしまうのでは無いかという恐怖に苛まれ、夫に妊娠の事実を伝えることすらできずにいる。

自身が40を超えての出産ということで、明るい未来を予想する事が難しく、何も告げずに一人で中絶をすることさえ考えるほど。

とてもとても複雑な気持ちになるものの、洋子の気持ちはある程度理解できると思ってしまった。

しかしその後が個人的に良くないというか更に胸が苦しくなる展開なのである。

洋子は同じ施設で働く年下の小説家志望の陽子に、妊娠していることを伝えていたのだが、なんと陽子は洋子宅で飲み会をしている時にその事実をぶちまけてしまうのだ。

実は洋子はかつて東日本大震災を題材にした小説で賞を取って一躍スターダムに駆け上がった小説家であった。

その洋子に対して陽子は決して良い感情だけを持っていなかったのだ。

洋子は震災について、もっと本質を突いた小説を書きたいと願うも編集部の意向でそれは叶わず、自分の意思とは違う、感動を全面に出した御涙頂戴作品を出してしまったことで、小説を書く事ができなくなっていた。

でもそんなことを知らない陽子は多分「恵まれてるのに。キャリアもあるのに」と自分でも気付かない妬みの感情を募らせていたのだと思う。

陽子自身も境遇が非常に複雑で、敬虔なキリスト教信者の娘として育てられるが、躾と称して父から虐待を受けて育ってきた過去がある。

それに加えて夢である小説家としては芽が出ない状態でかなり捻くれてしまった部分があるのだと思う。

この時洋子は夫に「妊娠は嘘」と伝えて場を納めるが、その場にはさとくんもいた。

後にさとくんは価値観を狂わせていって施設の入居者殺害計画を語る時に、洋子に「貴方も僕と一緒ですよね。だから障害があるならそんな子どもいらないと思ってるんでしょ?」と言うような言葉を掛ける。

洋子は「違う、私は貴方を認めない」と泣きながら訴える(この時洋子の目にはさとくんではなく自分の姿で問いかけられている様に見えているのも辛いところである)。

確かに洋子の考えは一見すると「優生思想」のそれと同じに感じてしまうのかも知れない。

でも私はそれだけで片付けられる思いではないと思うから、さとくんが自分と洋子は同じ思想だと語るのに虫唾が走った。

一緒にするなと。

 

そしてもう一つ私には印象に残ったシーンがあって、洋子の夫が働いてる先の先輩がまーめちゃくちゃ感じが悪い。

見下すしストレートにバカにするし。

平和主義の夫はなるべく波風立たない様にヘラヘラしてかわすけど私は観ていてめちゃくちゃ腹が立った(途中夫もキレかけた瞬間があってそのまま殴るのかと思う程度にはムカついていた)。

 

前述のさとくんの「意思疎通ができないという事は心がないから生きる価値がない」という言葉に当てはめるなら懸命に生きる障害者の方には生きる価値がなくて、こんな人を人とも思わない様な人間でも意思疎通はできるからこの人は生きる価値があるってことなのかと思うと眩暈がした。

 

多分ここは作品が問題提起として入れている描写なのかなと私は受け止めている。

この洋子の夫の仕事先の先輩然り、さとくんの先輩然り、意思疎通が取れるその言葉で人の気持ちを踏み躙る人もいる。

それって障害のあるなし以前の問題ではないのだろうか。

そもそも他人が他人の命の要不要を決めるのはおかしなことだということは忘れたくない。

 

あとさとくんの彼女がとても報われないし救われないと感じた。

彼女は聾者で耳が聞こえない。

さとくん曰く彼女は障害を持っているけど意思疎通が取れるからアイツらとは違うとのことである。

彼女はさとくんの変化を薄々感じつつ、でもさとくんを信じて(さとくんは彼女には計画の話もしてないし思想の話はしていない)共に幸せに生活することを望んでいたのにそれは叶わないものとなった。

さとくんは一見彼女を大切にしていると見せかけてその実一つとして大切にできてない。

それがとても苦しくて辛いと思った。

後にあの事件を知った彼女は一体何を考えるのか。

想像することしかできないが絶望感に苛まれるのではないだろうか。

 

この事件は少しずつさとくんの価値観が歪んでいった結果実行されたもののように思う。

 

さとくんが職場の先輩たちから「お前もアイツらと一緒だな」という心無い言葉をかけたのはこの物語上で事件が起こる大きなきっかけになったと私は考えている。

正直この先輩たちが大嫌いだ。

「アイツらと一緒」と言う言葉には明確に障害者を見下すニュアンスを含んでいる。

私は誰かを下げる言葉がとても嫌いだし、それの為に誰かをさらにバカにするというのは許せないと考えている。

私は過去精神科の受付事務をしていた事があったのだが、見舞いに来た人が待合室でタバコを吸い始めたのを注意したら凄い剣幕で怒鳴られ「こんなところで働いてるからお前も頭おかしいんじゃないか?」と言われたのを今も強く覚えている。

私はこの言葉、もちろん自分に向けて投げられるのも悲しかったが、それ以上にこの人は自分の身内を頭がおかしい人だと思っているのかと言うことにより絶望があった。

その時の言葉と、さとくんの先輩たちが言った言葉はニュアンスとして同じ意味を持ったものだと感じているのでより許せない気持ちが強くなったと言える。

 

勿論そう言う言葉を投げかけられたこととさとくんがした事が許されるかどうかは全く別の話なので、そこは誤解しないでいただけると助かる。

 

ただこうして人は追い詰められて歪んでいくのかと言うのを感じる映画だと思った。

 

登場人物がそれぞれ歪んでいて、見て凄く疲れる。

もう一度観たいかと問われれば否。

でも観たことを後悔はしていない。

そんな複雑な作品。

 

私個人の意見であり感想だけれど、この作品は「優生思想」についてだけを語る映画ではないと思った。

洋子の葛藤は「優生思想」に繋がる部分もあるかも知れないけど、私はこの作品を見終わった時にさとくんは生産性があるかないかを重んじているように見せかけてやり場のない衝動、怒り色んなものを弱い立場にぶつけてるだけに見えてしまった。

だから人の何気ない言葉だったり行動で(無論されてる側からは何気ないで済まされる問題ではないが)人の価値観は壊されていくという恐怖、人の心の醜い一面を存分に感じて、一生忘れられない映画になったと思う。

 

決して万人にオススメはしないが、他に見た人がどんな感想を持ったのかはとても興味がある。

 

本当は内容的にどうかなあと悩んだけどこうしてブログにまとめて、改めて凄い作品だなと思う。

見て3日経つけど目に焼きついて離れないのだから。

怖くて間抜けで迷惑な話

私が高校生の頃の話でございます。

 

私は自宅から徒歩で10分もかからないかなり近い距離の高校に通っておりました。

 

近いながらも更にショートカットできる経路があり、それはちょっとした林?と言いますかまあ舗装されていない道を歩いていくというものでした。

 

あれは確か高校2年生の夏休みのこと。

 

私は部活に参加するためその林を通り学校へと向かっておりました。

 

同じ部活に所属している友人はいましたが、私と同じ通学路を使う子はいなくて(他の子は通学路の関係で裏口から入ってくる子が多かった)その日も1人学校へと向かっていたのであります。

 

私はその道中信じられないものを目にしました。

 

歩く道の途中、向かって左側に生える木から何やらベージュのものがダラリと垂れ下がっているのです。

 

私は思わず体を硬らせながらも少し近付き、それがどうやらストッキングを履いた女性の足であると認識しました。

 

心臓はバクバクと脈打ち、冷や汗が流れ落ちます。

 

そこで私はそれが首を吊った人なのだと思い、走って家に引き返しました。

 

母親にそのことを伝えて、警察に連絡をしてもらった私。

 

母は「私も確認に行こうか?」と言ってくれましたが、あんな恐ろしいものを大切な人に見せたくないと思った私は一生懸命に首を振りました。

 

なんであんなものを見てしまったんだろうと心は重く、当日の部活は欠席することにしました。

 

その後、パトカーが到着し、場所を案内する様に言われ同行。

 

私は恐ろしさで現場に近づく事はとても出来ず、少し離れたところから様子をうかがっていました。

 

警察の人が確認して私を呼び、一言。

 

「貴方が言ってるのってこれのこと?」

 

え?っと思って確認しにいくと、そこには首を吊った人などはおらず、ただ薄汚れてビリビリになったビニールが木の枝にダラリと引っ掛けられていたのでした。

 

目が悪い私はそれを見て早合点し、その澱んだビニールの色をストッキングの色と思い込んで一連のお騒がせ行動を取っただけだったのです。

 

本当にあの時の警察の方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

しかもパトカーが来ている姿を見ていた近隣の住民がいたため、あらぬ誤解を与えてしまった様で更に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

あの時の私の勘違いで迷惑を掛けた方、本当に申し訳ありませんでした。

 

と、何とも言えない罪悪感を覚える昔話なのですが、あの時、どうして私はあんな勘違いをしたんだろう?という不思議も残っています。

 

まず第一に、あの頃はまだ高校生でホラーやサブカルといったジャンルには殆ど触れておらず、ネットも一般的でなかったので、自ら命を絶った方の話を見る事というのがほぼありませんでした。

 

そもそも自死をする人がいるという認識自体がほぼない状態。

 

実際に遺体を見る機会なんて勿論ありませんし、どうしてあの時パッと人が首を吊っていると感じたんだろうと今でも不思議で仕方がありません。

 

単なる勘違いといえばただそれだけの話なのですが、時々思い出しては不思議に感じ、恥ずかしく感じ、迷惑を掛けたことを申し訳なく思う思い出です。

南さんはあざといい子を読みました

今回は天海杏菜先生の「南さんはあざといい子」の感想をガッツリ語りますぞ!!!

 

 


ちなネタバレした上で感想を語るのでまだネタバレダメ絶対な人は回れ右をお願いします!!

 

 

 

では語るぞ!

 

 

この物語の主軸となるのはタイトルにも入っている南さん。

本名・南朝子。

しかし自らをミナと呼んでいる模様。

うーんあざとい!と思うだろう?

でも実は南さんは決してあざといキャラクターではないのです。

教育係の清川さんは初めこそミスするたびに涙目で男共に庇われてるのを見て苦手意識を持っていましたが、ある日たまたまランチタイムを一緒に過ごした事でその考えを変える事になります。

清川さんに指摘される度に震えていたのは怖がっているアピールではなく、ミスする度に自分を罰する為に絶食して低血糖状態になっていたからだという…(己を追い込みすぎや。良い子は真似しない様に)

南さん、良い子だけどちょーっとズレてるから天然だとかあざといとかぶりっ子とか思われちゃう損しやすいタイプの子なのよなあ…

 

この漫画の好きなところの一つにセクシャルマイノリティに対する解像度が高いと言うのがありまして。

実は南さんの教育係の清川さんはレズビアンなんですね。

仕事が終わってセクシャルマイノリティの人が集うバーに向かう途中の清川さんを南さんがたまたま見かけて何も知らないままそのお店に迷い込むという話があって。

鉢合わせてしまった後に清川さんが南さんに対して「南さんみたいな『普通』の人」って言葉を投げかけてしまうシーンがあるんですけどもこれが非常に刺さった。

かく言う私も同性愛者で世間一般でいう「普通」と違う事に悩んだ経験があるので、清川さんの過去の回想は見ていて胸が痛かった。

私「普通」って言葉とても嫌いなんですよね。

多分本来の意味は違うとは思うんだけど、普通じゃない=異常だって言われてる気持ちになってメンタルが削られる。

だから清川さんから「南さんみたいな『普通』の人」って言葉を掛けられた後、南さんが「よく言われますよぅ 変な子って」という件も見てて胸に刺さりまくった。

この南さんというキャラクターの描き方も素晴らしいなと私は思うんです。

この漫画は基本コメディタッチで明るい空気感の話が多いのですが、最後まで読むとあの時の南さんの言葉はここに繋がるのかと感じる事が多くて。

第1話の残業帰りのいつもと違う南さんの声に関するエピソードも然り。

第2話で森尾さんに自分を卑下して見せたのもギャグ要素かと思わせて実は南さんの本心なのかなあとか。

読み返してそういうことかと思う伏線が結構ある。

社長との出会いのエピソードも色々おかしいけど南さんが社長がインタビューで「我が社は『個性』を尊重しています」という話をしているのを見てここに就職したいと思ったというところが実は一番の肝だったのかなと思えて。

最後まで読むとただのコメディ漫画じゃなかったんだなと気付くのが凄く良い。

自身のセクシャリティに限らず生きづらさを感じた事がある人には全力でおすすめしたいです。

みんながありのままで生きやすい世の中になれば良いのになと思わずにいられないのですよ。

 

「南さんはあざといい子」は全3巻と比較的コンパクトにまとまっていますが、全部読むととても構成が練られていているのを感じてストーリーをしっかり楽しめるのが素晴らしいと思いました。

みんなのそれぞれの幸せなその後を感じられるラストも凄く好きです。

さりげなく全部の表紙で手でハートマークを作ってるのも可愛くて好き♡

この作品に出てくるメインキャラクターが本当にみんな愛おしい。

 

まだまだ、何回も読み返して元気をもらいたいと思います!

コンカフェ嬢は恋を着るを読みました

今回は卯花りりか先生の「コンカフェ嬢は恋を着る」について語りたい…

 

出会いはたまたま見つけた卯花先生のXで公開されていたお話の一部だった。

 

 

まさにこのポストである。

途中のエピソードであるにも関わらずグッと引き込まれる魔力の様なものを感じた。

勿論それぞれのキャラの為人も殆ど分からないまま読んでいた訳だが、それでも「これは面白い漫画だ」と何故か確信めいたものがあった。

コミックスが出ているなら是非まとめてちゃんと読みたいなと思って早1ヶ月以上。

自らのメンタルの問題で漫画が読めない状態だったので泣く泣く色んな事をセーブして過ごしていたが、やっと。

やっと「漫画が読めるぞ!」という状態になった私は迷う事なくこの作品を購入したのであった。

 

 

取り敢えず表紙を見て欲しい。

このイラストを見て心を掴まれた人は取り敢えず読む事をオススメしたい。

この画力で話も面白いんだからもう読むしかないよね…

 

という訳で今回はめちゃくちゃ語りたいのでネタバレめっちゃしてしまうと思うので、ネタバレダメ絶対の方は回れ右でお願いします。

 

 

 

 

この話は服飾系の学校に通う逢坂紡が、偶然、歌舞伎町のコンセプトカフェで働く中園さくに出逢った事に始まるストーリー。

紡はプロのデザイナーを目指していますが、次のコンテストで優勝できなければその夢を諦めるつもりでいました。

今の紡には自分がどんな服を作りたかったのかも分からなくなっていたのです。

しかしたまたま出逢ったさくのスカートを直してあげたことをキッカケにコンセプトカフェの存在を知り、そのコンカフェの衣装を作ったキャストが言ったという「衣装を作るのは愛を伝えるラブレターだ」という台詞を聞いて、自らがどうして服を作ろうと思ったのかという気持ちを思い出させられました。

コンカフェの衣装はどうやらさくのための「ラブレター」ではないと感じた紡はさくのためだけの衣装を作りたいと気持ち燃やし、デザイナーを諦めると先生に言った時が嘘の様に、気付けば心の底から望んだ服が出来上がったのでした。

その後さくに会いにコンカフェに足を運びますが、そこにいたのは癖の強いキャストで…

 

第1話を簡単にまとめるとこんな感じ??

 

主人公・紡。

プロのファッションデザイナーを目指す学生。

基本愛想はない。

服の事になると目の色が変わる。

ランウェイカフェ(コンカフェの名前)で働き始めたのもランウェイカフェの衣装について理解したいと考えた所が大きい。

同じくデザイナー志望のタオに懐いている。

恋愛ごとには大変疎い。

 

紡は本当にザ・主人公って感じがする。

初めはコンカフェという独特の接客技術が必要な仕事に苦戦するも、少しずつ成長していく姿が見えるのがとても良い。

タオに憧れがあって少しずつ距離を縮めていく姿がてえてえっす。

基本女の子っぽくなくて男っぽさがあるのも好きポインツ。

特にさくに対して男前を発揮している気が。

可愛いよりカッコいいという言葉が似合う子だと思う。

 

さくは紡がランウェイカフェで働くキッカケになった子。

いつもにこにこしている。

見かけに寄らず大食漢。

同い年の紡にめちゃくちゃ懐いている。

 

さくはふわふわした性格でランウェイカフェで一番女の子っぽい気がする。

私服ダサいのも個人的にはポイント高い。

なんかこうギャップがあっていいじゃろ?

紡に対して常にデレの姿勢なのが非常に可愛い。

過去、同性から嫌われる事が多かったらしく、紡に嫌われる事を非常に恐れている。

好かれなくてもいいから嫌われたくないって凄く切ないセリフだと思う。

友情の様でいてさくから紡に向けられる感情には私の百合レーダーが反応する!

気まずさで紡を避けていたら、紡の方からさくに歩み寄るの本当に好き過ぎる。

 

タオは紡と同じくデザイナー志望の大学生。

と思わせておいて実は正体は紡が憧れるデザイナー本人だったりする。

そして多分男の娘だよね?

MTFというより中性っぽい感じがするけどどうなんだろう?

その辺りも含めてもっと踏み込んだところが読みたかったなあというのが本音である。

 

タオが女でも男でも、タオ絡みの恋愛事情は百合と思ってます。

みきさんから向けられる好意は紛れもなく女の子のタオに対するものだと勝手に変換しているので。

みきタオもタオ紡もどっちも美味しいなあと思って見てます。

タオは紛れもなく可愛いです。

 

みきさんは紡たちが働くコンカフェのオーナーであり凄腕のキャストでもある。

相当な美形でありながらその実酒クズヤニカス。

女関係がだらしなく、過去には刺された経験があったりとかなりの地雷物件(笑)

 

みきさん関連のエピソードは紛れもなく百合と捉えて良かろうと思っている。

飄々としているようでいてタオに対してめちゃくちゃ執着していて、その点に置いて紡への対抗心が強い様に感じる。

基本はダメな大人だけどやる時はやる人だから憎めない。

本当にワガママを言う様だけどもみき→タオのエピソードはもっともっと掘り下げて欲しいと読み終わった後にも思っているよ?

というかあそこで物語が終わりなのは勿体なすぎるのよ…

最後にアオちゃんという爆弾キャラが入ってきてこれからって時に何故…!!

 

アオちゃんはヤンデレ風味の美人でえちいお姉さん。

紡に優しくされた事で一目惚れ(?)してランウェイカフェに加入。

 

ランウェイカフェとかなーりカラーの合わない彼女だが、みきさんを刃物で脅して働くに至るという…

みきさんに負けず劣らず破天荒である。

アオちゃんが登場したことでみきさんのタオに対する執着が強く表に出てくる様になったのでかなり良い仕事していると思う(鬼)。

もっともっとアオちゃんの活躍を見たかった!!

 

キャラに対しての想いはこんな感じ。

 

ストーリーも本当に好きな路線なんだよね。

服の事しか興味が無かった紡がランウェイカフェで働く事によって人に興味を持つ過程とか。

ミューズのエピソードの件で紡のラブレターはランウェイカフェのみんなに捧げられるんだなって感じてなんか凄くグッときた。

お仕事系のお話だけどちょっと部活みを感じると言うか。

私は百合というジャンルが好きだからどうしても百合っぽい所をピックアップして見てしまうんだけど、紡はタオに対してリスペクトの感情を持っているだけでそれは恋愛とは違って、でもそういう関係性も良いなあと思えるのがこの漫画の良いところだと思うんだよね。

この話で私が百合として楽しんで見ているのは主にさく→紡とみき→タオだな♡

さくつむは初々しい片想い感があってすこ。

みきタオは見かけに寄らず重すぎかってところがゾクゾクするんごね。

基本的にギャップ萌え大好き民なのでみきさんみたいな軽い女感出してる人のクソデカ感情は見ててキュンキュンしますのよ。

 

結論:皆可愛い。そして続きが読みたくて仕方ない。

だってさ、コミックス表紙皆分の顔欲しいやん?

というのは冗談で本当にさっきも書いたけどここで終わりって凄く凄く勿体なく思ってしまう。

もっと欲しい。どこまでも。そう思ってしまう。

少なくとも紡がオオトリケイの正体を知るところまでは見たい…!!!!

多分そう思ってる人少なくないんじゃないかなあと勝手に思ってる。

綺麗に終わっていると言えなくもないけどやっぱさー供給を求めてしまうこの気持ち。

作者様と出版社に届け!!

 

取り敢えず「コンカフェ嬢は恋を着る」は間違いなく面白いぞという事で今回のブログは締めたいと思います。

いつか続きが読めます様に…!!

臨終トーナメントを読みました

待ちに待ったやがみんの新作を読み終わったお!

ということで今回は「臨終トーナメント」の感想を書こうと思います。

書影は下記参照。

f:id:siogiri0128:20250704195639j:image

 

この話を読んでまずビックリしたのは前作「僕の殺人計画」と全く別の切り口で書かれている事。

なんて小並感溢れる感想だよと思われるかもしれないけど、実際問題としてやがみという人のコンテンツは大概の人がホラーやミステリを想像する人が多いと思う訳ですよ。

しかし、この作品はそのどちらでもなく、なんなら今までにないジャンルの話のように思えすらした(私があまり色んなジャンル読まないせいもあるかもだけども)。

クォールハウスという老人ホームが舞台の物語なんだけど、本を開いてすぐにクォールハウスの施設説明(パンフレット的な)から始まるのが非常に面白いと思った。

小説中に挿絵などはないんだけど読み始めて直ぐにキャラクターのイラストと共に登場人物を紹介してくれているのが更に想像力を掻き立てられて良いなと感じたのは私だけではあるまい。

 

発売後割とすぐという事もあり、ネタバレは無しで感想を書きたいので話の内容については割愛する。

兎に角私が凄いと思ったのは登場人物が前作よりもパワーアップして生き生きと感じられたこと。

浮世離れしている…というか腹の内を見せないタイプの人物さえ言動に生々しさを感じる。

なんて言うんだろうね、「こう言う人いるいる!」みたいな感じとはまた違うんだよね。

勿論そういうキャラもいるんだけど、こんなヤツいるわけ…みたいなの程イヤな生きてます感がある(分かりづらすぎか!)。

兎に角ね、最後まで読んだらああ、やり切った(色んな意味で)と思える良い作品。

 

前作の「僕の殺人計画」は伏線に気付いて読み終わって直ぐに「もう一回読もう!」ってなる感じだと思うんだけど、「臨終トーナメント」は色んな裏だったり結果を知った上でゆっくりと時間を掛けて読み直したくなる話と言うと通じるだろうか?

トーナメントなんでね、速攻敗退してしまうキャラもいる訳だけども、憎めない…いや…うーん。兎に角そこについては読んでいただきたい。

 

「臨終トーナメント」は是非映画で観たいと思った。

「僕の殺人計画」も勿論素晴らしい作品だったけど、それ以上に今作は映像化して欲しいと思った。

主人公の佐藤くんも素敵だけど脇を固める老人たちが本当に皆個性的過ぎてそっちのやり取りを見た過ぎる。

誰がどの役をやるのかなあなんて想像を巡らせるのも楽しい。

小説を読んでこういう風に思うのって凄く久し振り…いや初めてかも知れない。

 

これは本当に読む価値ありでっせ。

 

因みに母からは表紙を見てなんの本かさっぱり想像付かなかったらしくギョッとされました(笑)

私も初見はギョッとした(笑)

 

でも読むとこれ程馴染む表紙もないわねと思いました。

表紙とかタイトルで嫌厭してる人がいたらかなり勿体無いと思います!

 

是非是非オススメでございます〜♪

 

やがみんの次回作楽しみにしてるお!

カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズを読みました※ネタバレします

やっと、やーっと読み終わりましたー。

彼此6年前に「その女アレックス」を読みまして

こんな風にブログを書いた訳ですが…

それから6年越しにシリーズ読めたどー!という訳で感想を認めたくこうしてブログを書いております。

今回はバリバリネタバレするのでネタバレ踏みたくない方は回れ右。

それではいっくよ〜!

 

まずはシリーズ第一作目となる「悲しみのイレーヌ」から。

書影はこちら参照。

実は邦訳されたのは「その女アレックス」の方が早いんです。

「その女アレックス」は発売当時とても話題になって当時書店に勤めていた私は是非読んでみたいなと思いつつその時は手を出せずにいて、数年越しに図書館で借りて読んだという経緯がございました。

で、ですよ。

「その女アレックス」を読んだ時にそこはかとない違和感があったんですよ。

なんかすっぽり抜けているような。

なんだろうと思っていたらまさかのシリーズ二作目だったというオチ。

あんまり調べないで読んだものだから「しまった!」と当時思いましたね。

何故かと言えば「その女アレックス」は「悲しみのイレーヌ」のネタバレを大いに含んだ内容だったからなんですねえ。

でも残念ながら私が「その女アレックス」を借りた図書館ではカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズは他に置いていなくて、気になるけど…買うか?どうしようと思ったまま6年の時が過ぎてしまったという訳です。

 

カミーユ・ヴェルーヴェンは大変頭が切れる出来る男なのですが、なんと成人男性でありながら身長145センチという小柄な体型で車も通常仕様の作りのものは運転ができないなどある種のハンディキャップを持った人物です。

カミーユは内心そんな自分が恋愛したり結婚したりすることなど一生ないだろうと諦めていたのですが、運命の出会いがありイレーヌという女性と結婚し、更に彼女が妊娠するというカミーユが今まで想像することのなかったような幸せが手に入ります。

そんな折、猟奇的な殺人事件が起こり、カミーユの率いる捜査チームが事件を追いかけることになるのですが…その結果イレーヌは殺害され、お腹にいた子供も殺されてしまうという本当に神も仏もないんかと最後に絶望させられるお話。

これが「悲しみのイレーヌ」の簡単なネタバレを含むあらすじ。

そう、「その女アレックス」は時系列的にその後の話になるのでイレーヌが亡くなっていることが随所に記されている訳です。

だから「その女アレックス」を先に読んでしまうと最大で絶望的なオチが見えた状態で物語を読むことになります。

 

カミーユの亡き母はモー・ヴェルーヴェンという名の知られた画家であり、妊娠中もタバコを減らすことすらできなかったというヘビースモーカーだったそうで、カミーユのハンデのある体型の一因でもあるのではないかと度々語られます。

母に対し複雑な想いを抱えるカミーユ

「悲しみのイレーヌ」の中ではまだ存命中の父のエピソードも出てきますが、描写を見ていくにカミーユの中でより大きな存在なのは母なのかも知れないと少しばかりセンチメンタルになったり。

まあカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズを語る上ではモー・ヴェルーヴェンも故人でありながら外せない重要登場人物なのです。

カミーユの物語を語る上でもう一つ外せないのは一緒に事件を捜査する“ヴェルーヴェン班“の面々。

警察で汗水垂らして働かなくても良いのでは…と思う資産持ちのルイ。彼はいつもさりげなく品の良いブランドものを身に纏い、カミーユを陰ながらサポートする人物です。私はその金持ち(決してひけらかす様なことはないのだけど)な雰囲気といつも前髪を掻き上げる仕草でその時の心情をカミーユに伝える様子を想像するに「こち亀」の中川で脳内変換しながら読んでしまっていました。聞き込みの時に女性から黄色い視線を向けられているところから考えてもイケメンなんだろうなあと想像を膨らませてしまいます。

もう一人はルイとは真逆な印象を受ける署内でもケチで名が通っているアルマン。アルマンは何から何まで倹約に倹約を突き詰めていて、タバコも何も貰えるものは何でも貰うスタンスの人間です。捜査方針は大変粘り強く信頼がおける人物で、実はカミーユと同期でもあります。

上司のル・グエンは大変恰幅の良い人物。何度も結婚離婚を繰り返している意外と女性からモテるタイプでカミーユとはそういった意味でも真逆であると言える様に感じています。カミーユとは上司、部下である前に親友関係で固い絆で結ばれているのが読んでいると強く感じられてとても良いですね。

 

「悲しみのイレーヌ」は猟奇的な殺人事件が起きると書きましたが、本当に描写が凄惨で読んでいて血の臭いが感じられそうなくらい。

実は事件は数年に渡って計画された連続殺人事件なんですが、それぞれの事件の様子は過去に発売されたミステリ小説に出てくる事件(実際に存在するもの)を再現したものです。

最終的にカミーユの妻のイレーヌが誘拐されるのですが、それに当てはまる小説を探しあてるまでの描写と小説は特定したのに発行部数が少ないその本の現物はなかなか手に入れることが出来ず、イレーヌをどうにか助けるために全力で突き進むのに最終的に助けられない無常感。

全てがゾッとするのに美しさすら感じられる構成に大きな衝撃を受けました。

「その女アレックス」を先に読んでしまったばかりに、イレーヌが助からないことは予め分かっていて、それなのにカミーユとイレーヌのふとした幸せな日常を垣間見るのはとても辛い。

でもやっぱりどうしてそうなってしまったのかという過程を知りたくてページを捲る手は止まらず…という感じでした。

この物語は終わりがとても呆気なくて、そこに対してどう思うかが人それぞれだろうなと感じます。

多分想像するこういった物語は、イレーヌの死体を見つけたカミーユがどんな悲しみを表して犯人にどう立ち向かって事件の幕を引くのかが気になる人が多いと思うんですね?

でもイレーヌが殺されたこと、子供も助からなかったことは伝えられるもののエピローグにカミーユは登場せず、犯人がカミーユに宛てた手紙が載せられるのみと言う大変あっさりしたものなんです。

勿論カミーユのそれに対する反応なんていうものも描かれることはなく、ある種読者にとっても残酷な最後を迎えるんですよねえ。

カミーユの負った精神的ダメージが計り知れないということだけは記載されずとも確実であり、犯人に対しての怒りを覚えると共にカミーユの心の傷を思って何とも言えない後味の悪さを感じてしまう。

でも読んだことに対しての後悔などはなく、寧ろよくこんな救いのない話を最後まで飽きさせず読ませられるなあと尊敬の念を覚えますね。

 

この話を書いた時には既に「この女アレックス」は構想されていたのでしょうか?

「この女アレックス」についての感想は最初にも貼り付けた様に以前も書いたんですけど改めて書いてみましょうか。

書影は下を参照。

この話は上にも書いた様にカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの第二作目に当たる作品です。

タイトルにもあるアレックスという女性が謎の男に誘拐監禁されるという衝撃の始まり。

「悲しみのイレーヌ」とはまた違った角度で思わず「うっ」っと顔を背けたくなる様な描写が満載です。

カミーユはイレーヌの死により重度の鬱になり暫く刑事の職を離れていました。最愛の人が亡くなれば当然ですよね。

職場復帰を果たすもののカミーユは過去のトラウマから誘拐事件だけは引き受けたくない。引き受けられない。と考えていたのですが、運命のイタズラでこのアレックスの事件を担当することになるのです。

でもこの事件は不明な点が多く、何者かの女性が男に暴力を受け連れ去られたという目撃情報はあるのに、その女性の身元がさっぱり明らかにならない。

被害者がいるのに被害者が誰か分からないという謎の状況にカミーユ達は苦しめられます。

被害者は依然として謎であるものの誘拐犯の目星が付きあと一歩というところまで追い詰めたと思えば、犯人は被害者については一切語らず最終的には環状線に飛び降りて自ら命を落とすという狂気ぶり。

誘拐の被害者の行方は知れず、犯人は死亡。

犯人の携帯電話に残された写真を見るに、誘拐された女は狭い檻のような場所に閉じ込められて身動きが取れない状況であることだけが判明している状態。

女を一刻も早く見つけなければいずれ女は命を落としてしまう状況…

一方、誘拐された被害者ことアレックスは、こんなところで死ぬ訳にいかないとどうにか生きる為に悪戦苦闘しています。

誘拐犯は以前関係のあった男の父親で、自分に対する殺意があることをアレックスは認識していました。

体を伸ばすこともできない様なロープで吊るされた狭い木の檻に閉じ込められ、水分は最低限しか与えられず、正に生き地獄というに相応しい状況。

唐突に誘拐犯はアレックスの目の前に現れなくなり、代わりにその建物に巣食うネズミ達が虎視眈々と弱りゆくアレックスを狙う。

この辺りの描写も本当に生々しくて、自分まで体が固まってしまいそうな気持ちになってしまう。

自分はここで死んでしまうのではないかという不安、寧ろこのままの姿勢でいつ助かるか分からないまま生きているのも辛いと思ってしまう絶望感、でもまだ死にたくない、死なない為には何でもして生き延びてやるという強い気持ち。どれもアレックスの嘘偽りない本心で読んでいて胸が苦しくなる。

結果的に、アレックスは警察に助けられることなくその現場から生き延びることが出来たのですが、そこからまた新たな展開が始まります。

カミーユはアレックスを誘拐した犯人を特定する過程で、アレックス(この時点ではカミーユ達は彼女の本当の名前を知らない)が過去に殺人を犯していることを掴んでいました。

アレックスの監禁場所を突き止めると既にアレックスの姿は無く、謎が謎を呼ぶ状態。

事件はただの誘拐事件では終わらないのです。

アレックスの行方を追うカミーユ達、自分の目的のために再び動き出すアレックスと、また二つの視点で物語が紡がれていきます。

アレックスは再び次々に殺人を犯していくのですが、その理由を知るとどうしてもアレックスを責める気持ちになれないのが悲しい。

最終的に彼女は自ら命を落とすのですが、そこからが目を見張る超展開!

個人的にはカミーユからもたらされたアレックスへの救いだったんじゃないかなと思ってしまいました。

アレックスは少女時代から父違いの兄から性的虐待に遭っていて、それに止まらず兄はアレックスを他の男に売っていたという胸糞エピソード。

読んでいて吐き気を催すような酷い話ですが、カミーユにとっても同じだった様です。

つまりアレックスの今までの殺人は自分を蹂躙した人間達への復讐であり、自殺は兄が自分を殺めたと思わせて相手の人生を狂わせるための手段だったのです。

勿論兄は実際にアレックスを殺したりはしていないですし、カミーユから殺人の容疑を掛けられても初めは涼しい顔をしています。

この話の闇が深いところは、アレックスに対して兄が酷いことをしていたことを母も知っていました。

それなのに母は兄を止める様なこともせず、ある日アレックスが何者かに性器を薬品で焼かれて大怪我を負った際にも彼女を病院に連れて行くことも無く、看護師の知識で尿道の確保という最低限すぎる処置で済ませて終わらせているのです。

その事実にカミーユは心を痛め、様々な証拠を用意して最終的に兄をアレックス殺人の容疑で逮捕することに成功します。

最初から最期まで辛い描写だらけのところこの展開はカタルシスでいっぱいになることでしょう。

アレックスだけでなく、カミーユの苦悩も沢山感じる本作ではありますが「悲しみのイレーヌ」に比べるとかなり救いのあるエンディングだと思いました。

あと個人的に大変好きなエピソードがあり、カミーユが母の作品を全て手放す決意をして絵画をオークションにかけるんですよ。

でも母の自画像だけは最後まで手放すことに迷いがあったんですね。

その絵も結局売ってしまって、結構な金額で売れるものなんだなと感慨深く思っていたんですが、後日その絵がカミーユの元に送られてくるんです。

カミーユはてっきりお金持ちのルイが気を使って絵を手に入れてプレゼントしてくれたと思うんですが実はそれはケチんぼで知られるアルマンがカミーユの為に落札したという話。

お金を返すべきかと思うもアルマンは贈り物だからと言い受け取らず、代わりにその自画像のハガキサイズの複製を渡したらとても喜んだのです。

倹約家で貰えるものは全て貰う主義のアルマンの意外で素敵な一面が垣間見られてとても愛おしかったです。

 

次に読んだのが中編作品となる「わが母なるロージー」。

書影は下記参照。

「悲しみのイレーヌ」、「その女アレックス」に比べるとボリュームは少ないですが、個人的には一番好きな作品かも知れない。

連続爆破を予告している爆弾犯がカミーユ相手になら話をすると言うところから物語が進んでいきます。

最初の爆発では死人こそ出なかったものの今後ずっとそうであるとは限らず、しかし犯人はある取引を承諾しないと爆弾を仕掛けた場所は教えないと言い…カミーユは頭を悩ませることになります。

この作品のもう一つの肝は、イレーヌ亡き後、カミーユに新しく親しい女性ができているという点ではないでしょうか。

彼女の名はアンヌと言い、実は「その女アレックス」にも少し登場しています。

イレーヌとの別れは決して忘れられるものでは無く、その悲しみはカミーユが生きる限り続くはずです。

でもアンヌが登場したことで、カミーユに新たに生きる意味を感じさせた部分では喜ぶべきことだと感じました。

しかしながら爆弾犯・ジャンのお陰でこの物語中ではカミーユはアンヌとすれ違ってばかりです。

ジャンの母親は殺人で刑務所に収監されており、その母親の釈放及び自分と母親を海外に逃すことを求めています。それをしなければ隠している爆弾について語ることはないと。

時限爆弾をあらゆる場所に隠すというテロ行為を母のために犯したというジャン。

しかし事件を追っていくと奇妙な点がいくつもあります。

そもそもジャンの母親は、ジャンの恋人を車で轢き殺した罪で捕まっているのです。

そんな酷いことをした母親を自由にする為に果たしてそんな大掛かりなことをするのだろうか?

これはカミーユならず、読者も疑問に思うことなのではないでしょうか。

母が捕まる前、二人はよく言い争っていたという証言もあり、益々頭にハテナが浮かんでしまいます。

一見あまり頭が切れるタイプではないジャン。

でも彼は実に様々なことを考えてこのテロ行為を起こしたことが最後に明らかになります。

カミーユにとってもジャンにとってもタイプも性格も全く違うけれど母は愛しくありつつ呪いのような存在だと感じずにはいられません。

貴方がこの物語のラストに思うのは希望か絶望か。

私はジャンの尊厳を最大に生かしたエンディングに思えました。

 

続きましてがカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ最後の作品となる「傷だらけのカミーユ」です。

書影は下記参照。

「傷だらけのカミーユ」も他の作品に負けず劣らず、衝撃的なシーンから幕を開けます。

カミーユの愛人・アンヌが強盗と鉢合わせて激しい暴力に晒されるという、イレーヌとの残酷な別れを経験したカミーユの心中を思うと心臓を鷲掴みにされた様な辛く思わず目を背けたくなる場面。

しかしこれこそがカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの真骨頂とも言えて複雑な感情が頭を駆け巡ること間違いありません。

アンヌは大怪我を負うものの命までは取られずに済みますが、何故かその後も強盗から命を狙われてしまいます。

顔を見られたから相手を狙うというのは一見自然な流れの様に思えますが、折角強盗自体は成功して大金を手に入れたと思われるのにどうして危険を冒してまでアンヌを執拗に狙うのか?

これがこの物語の大きな核になると言っても良いでしょう。

カミーユとアンヌの関係は警察の誰も知らず、イレーヌのこともある為そのことを誰にも言い出せないカミーユはアンヌと秘密裏に(警察としてではなく)会話をし、彼女の命の危機をどうにか救う為に動くのですが尽く裏目に出てしまいカミーユは窮地に立たされることになります。

アンヌが犯人から命を狙われているというのはあくまでもカミーユの勘とそれに基づいたアンヌの(カミーユの前でのみの)証言のみであり、カミーユ以外にアンヌが殺されそうだということを信じる人はいないのです(形ばかりの護衛は付けられるがあまり意味はなかった)。

一刻も早く強盗犯を見つけ出す為に普段なら考えられない様な荒い手を使ったために上司から咎められ、アンヌを守る為にカミーユは誰にも伝えることなくかつての母のアトリエだった場所に彼女を連れて匿うことまでします。

でも様々な出来事を経たカミーユは、自分はアンヌの何を知っているのだろう?と疑問を抱きます。

そう、カミーユは自分の知るアンヌ・フォレスティエという女性は存在しないことに気付くのです。

アンヌはかつてイレーヌを失う原因の一端となったかつての部下・マレヴァルに命じられカミーユに近付いたに過ぎませんでした。

この事実が浮き彫りになった瞬間、読んでいて血の気が引いて自分がカミーユになったかのように傷付いた気持ちになりました。

大切な人を失いたくないばかりに全てを投げ打ってアンヌを守ろうとした結果、全てを失うなんて皮肉すぎる。

この物語のラスト、犯人は捕えるも自分のしたあらゆることが取り返しの付かないと考えたのかカミーユは何も言わずに姿を消してしまいます。

「悲しみのイレーヌ」と言い、ピエール・ルメートルという作家はカミーユの絶望する姿を敢えて書かない様にしているのかななんて思いました。

マレヴァルに辿り着くまでもカミーユはタイトル通り心が傷だらけなのが見て取れます。

しかし、それはあくまで一人で思い悩むといった描写であって、誰かを前にしてカミーユが辛さを吐露する様な場面は殆どないと言っていいと思います。

145センチの小人と揶揄される体格。一度見た人は忘れないであろうその外見でカミーユに警察以外の居場所はあるのでしょうか?

周りの目といった観点以外でも、その普段の有能な仕事ぶりからも刑事の仕事をしている以外のカミーユは想像がつきません。

願わくばカミーユが再び“警部“という肩書きでなくなったとしてもまた警察で働くカミーユの姿が見たいです。

取り敢えず三部作(プラス中編の番外編)で終了となっていますが続きが読みたいなと思い読了いたしました。

今回はネタバレ満載で書きましたが、もし気になった方がいらしたら読んで感想を教えてください。

 

最近の自分の状況を綴る

最近、新しい試みとして漫画を描いています。

↓こんな感じの話。これはオリジナルキャラのだけどエッセイ的なものが多いです。

なんで今始めたのかというと、今求職中で自分の時間を多く取れるのでこの機会に今まで「やりたいけど時間がない」と言い訳をしてやってなかったことをやりたいと考えたからです。

正直絵は上手くないし、話の構成も稚拙であると自分でも感じます。

でも描いて形になると何だか嬉しくて気付くと何回も読み返してしまう。

始めて良かった趣味だと思っております。

 

割とゆるい絵柄で描く身近な人の似顔絵(主にパートナーの絵)は似ていると言ってもらえていて、それならとリアル調に描いたらなんか微妙な反応になるのというのも面白いものです(パートナーに似顔絵を見せたらなんかいつものやつの方が似てるかもと言われた)。

そう、漫画以外にも小さいフィギュアを買ってリアルめな絵柄の練習とかもしてるんだけど女の子が全然可愛く描けなくてびっくりする。

何かお手本を見ながらであればある程度は描けると思うんだけど(上手ではないけど)、オリジナルでってなると本当に描くのが難しくて作品をコンスタントに生み出している作家さんは本当に凄いなと尊敬し切りなのです。

 

他にはめちゃくちゃ少しずつだけど小説を書いてます。

小説はねえ、学生時代から本当に書くのが楽しくてノートに思いつくまま書き殴っていたんだけれどちゃんと終わりまで書けたのって数えるほどしかなくって。

昔の作品を今の感覚で書き直したいなと思うこともあるんだけどその時の情熱と今のスタンスが大分違うからそれが難しくて、それなら新しく書くか!って感じで構想しています。

今の所やっとこさプロローグを書いてその次の章の形は何となく思い描いているので、それをいかに形にするかという感じですねえ。

形にする前にエピローグを先に考えた方がなんかスムーズに話を組み立てられるような気がしたりもして。

取り敢えず自分のペースで今回はちゃんと完結させられるように頑張ります。

 

年齢を重ねるごとに新しいことを始めるのは億劫になるものです。

でも一度しかない人生ならば死ぬ時に「あれもこれもやっておけば良かった」と後悔することはしたくない。

だから出来る時にやりたかったことをちゃんとやっておきたいなと今はそう思っております。

 

最近ちょっとずつブログを書いてるのも文章を書くことに体(頭?)を慣らしたいのもあって。

だから結構間が空いていたのですが、今までよりも更新頻度が上がると思います。

気が向いたらお付き合いいただければ幸いです。